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なぜな~ぜ?

なぜ郵便ポストは赤いの?

理由の確実性:有力 複数の信頼できる資料が一致しています 歴史的経緯 / 最終確認
雪に埋もれた街角に立つ、赤い丸型の郵便ポスト。周囲は一面の雪で、赤だけが際立っている
郵政博物館は、赤くした理由を「ポストの位置をわかりやすくするため」と説明しています。雪の中では、その説明がそのまま見えます。 ╬ಠ益ಠ) from TO / CC0出所

まず答え

郵政博物館は「ポストの位置をわかりやすくするため」と説明しています。 最初のポストは木製、次は黒でした。赤くなったのは明治34年で、郵便の開業から 30年後です。ただし、理由を明記した資料はこの1件しか確認できておらず、 「なぜ黄でも青でもなく赤なのか」に至っては、どの資料にも書かれていませんでした。

くわしく知る
ポストの位置をわかりやすくするためです。最初は木製、次は黒で、赤くなったのは 明治34年。ただし「なぜ赤という色なのか」までは資料に書かれていません。
ポストが どこにあるか すぐわかるように、赤くぬってあります。 じつは いちばん さいしょのポストは 木でできていて、つぎは 黒でした。 赤くなったのは、ずっとあとのことです。

理由を分解する

「原因」と「目的」、確認できたことと確認できていないことを分けて示します。

ポストの位置が一目で分かるようにするため

最大の理由 当初の目的 見分けやすさ

郵政博物館は、明治34年に鉄製の赤色丸型ポストが登場した経緯を説明したうえで、 このときポストを「赤色」に塗ったのはポストの位置をわかりやすくするためだった、 と記しています。理由を明記しているのは、確認できた範囲でこの1件だけです。

それまでのポストは黒でした。街に置かれた黒い柱状の箱は、 他の設備と見分けがつきにくかったことになります。

赤にした目的は「目立たせること」ではなく、「そこにポストがあると分かること」です。 似ているようで違います。前者は宣伝の話で、後者は見つけられなければ使えないという 道具としての要件です。

火事に強い鉄製ポストへの切り替えと同じ時期だったため

その他の理由 起源 歴史的経緯

色が変わったのは、色だけを変えたからではありません。

郵政博物館は、明治34年に火事に強い鉄製の赤色丸型ポストが考案されたことを きっかけとして記述しています。日本郵便も、俵谷式・中村式のポストについて 「これらが、赤色・丸形・鉄製の郵便ポストの始まりです」としています。 木や黒塗りの板から鉄へ、角柱から円筒へ、黒から赤へ—— 素材・形・色が同時に変わっています。

同じときに、通行の邪魔にならないよう角を丸くした、とも書かれています。 複数の改良がまとめて入った世代交代であって、「赤くしたかったから赤くした」 という単独の変更ではありませんでした。

「赤」という色そのものが選ばれた理由

確認できていない説 起源 見分けやすさ

ここが、この疑問でいちばん語られていない部分です。

「位置を分かりやすくするため」は、赤でなければならない理由にはなりません。 黄でも橙でも、黒よりは分かりやすいはずです。ではなぜ赤だったのか。

今回の調査では、赤という色を選んだ理由を書いた資料は確認できませんでした。 郵政博物館も、そこまでは説明していません。

「イギリスのポストが赤いから」「消防と同じで目立つ色だから」といった説明は 流通していますが、確認できた資料には出てきません。本サイトでは 確認できるまで「未確認」として扱います。

いつからそうなった?

現在の形になるまでの経緯です。

1871

最初のポストは木製の「書状集め箱」

郵便制度が始まった明治4年、脚付の台に四角い箱をのせた木製のポストが登場しました。 書状を集める箱であることから「書状集め箱」と呼ばれ、東京・京都・大阪と 東海道の宿場に設置されました。この時点では赤ではありません。

1872

黒く塗られた「黒塗柱箱」の時代

郵便が全国で実施され、ポストが大量に必要になりました。杉板を四角い柱のように 組み合わせ、かどに鉄板を張って黒いペンキを塗った「黒塗柱箱」が作られます。 約30年のあいだ、日本のポストは黒でした。

1901

赤い丸型ポストが試験設置される

明治34年、火事に強い鉄製の赤色丸型ポストが考案されました。 俵谷高七・中村幸治それぞれの考案によるポストが試験的に設置されています。 赤くしたのは、ポストの位置をわかりやすくするためでした。

1908

鉄製赤色のポストが正式に制定される

明治41年10月、鉄製赤色のポストが正式に制定されました。 差入口が回転式になっています。試験設置から7年後の制式採用です。

1949

丸型の最後の世代。以後は角型へ

昭和24年の郵便差出箱1号(丸型)を最後に丸い形は終わり、 以降は郵便物の差し出しと取り集めを速くするため角型になりました。 色は赤のまま残り、形だけが変わっています。

よくある説は本当?

世間で言われている形のまま検証します。断定できないものは断定しません。

根拠不足

「黒いポストは夜や雨の日に見えなかったので、赤に変えた」

よく見かける説明ですが、「夜」「雨」に触れた記述は、今回確認した資料には ありませんでした。

郵政博物館が書いているのは「ポストの位置をわかりやすくするため」までです。 どんな状況で見つけにくかったのかは説明されていません。

黒が見つけにくかったこと自体はもっともらしく、実際そうだった可能性は 十分にあります。ただしもっともらしさは根拠ではありません。 具体的な状況を足した説明は、資料より一歩踏み込んでいます。

根拠不足

「イギリスのポストが赤いので、それに合わせた」

これを裏づける記述も、確認した資料にはありませんでした。

日本の郵便制度が欧州の制度を参考にして始まったこと自体は知られていますが、 制度を参考にしたことと、色を真似たことは別の主張です。

なお時期を見ると、日本のポストが赤くなったのは明治34年(1901年)で、 郵便の開業(明治4年)から30年後です。開業時に一緒に持ち込まれた仕様ではなく、 後から国内で起きた変更だったことは、資料から確認できます。

もしポストが黒いままだったら?

ポストは、探して見つけられなければ役に立ちません。窓口と違って人が立っておらず、 看板も出ていない。街の中で自力で発見される必要がある設備です。

雪の日の写真を見ると、赤という選択が何をしていたのかが分かります。 周囲が一面白くなっても、赤だけは残ります。黒い柱では、 降り積もった景色の中で見分けがつきません。

ただし本サイトは、この説明を「だから赤が選ばれた」という根拠にはしません。 結果として得られている利点と、選ばれた理由は別のものだからです。

最初のポストは、赤くなかった

見慣れているので昔からこうだったように思えますが、日本のポストは 木 → 黒 → 赤 と変わっています。赤くなったのは郵便の開業から30年後です。

日本の郵便ポストが木・黒・赤へと変わってきた流れ 明治4年の書状集め箱は木製。明治5年の黒塗柱箱は杉板に黒いペンキ。 明治34年に鉄製の赤色丸型になり、ここで素材・形・色が同時に変わった。 昭和24年以降は角型になったが、色は赤のまま残っている。 明治4年 1871 書状集め箱 木製・脚付き 明治5年 1872 黒塗柱箱 杉板・黒塗り 明治34年 1901 赤色丸型 鉄製・円筒 昭和24年〜 1949 郵便差出箱 鉄製・角型 黒かった約30年 ここで素材・形・色が同時に変わる
赤は最初からの色ではありません。木製、黒塗り、と続いたあと、 明治34年に鉄製の赤色丸型が登場します。このとき素材・形・色が同時に変わりました。 昭和24年以降は角型になりますが、色は赤のまま残っています。

黒かった期間はおよそ30年で、これは決して短くありません。 「ポスト=赤」は最初からの決まりではなく、途中で入った変更でした。

資料が言っていること、言っていないこと

この疑問で確認できた資料は、言っていることの範囲がはっきり分かれます。

資料 赤くした理由 時期・経緯
郵政博物館 位置をわかりやすくするため 記述あり
日本郵便 記述なし 記述あり

日本郵便は、赤い丸形ポスト誕生100周年の記念切手のページで、明治34年に 俵谷式・中村式のポストが試験設置されたこと、明治41年に鋳鉄製赤色円筒形の 雛形が公達で定められたことを記しています。時期と経緯は裏づけられますが、 色を選んだ理由には触れていません。

そして郵政博物館も、次のところで止まっています。

  • なぜ黒では位置が分かりにくかったのか → 書かれていない
  • なぜ黄でも橙でもなく赤なのか → 書かれていない
  • 他国のポストを参考にしたのか → 書かれていない

「複数の資料が一致している」わけではありません

このサイトでは通常、複数の資料が同じ理由を挙げているかどうかを重視します。 この記事では、理由を述べている資料は1件だけです。もう1件は同じ出来事を 別の角度から裏づけているだけで、理由については何も言っていません。

反対する資料も見つかっていないため確実性は「有力」としましたが、 「2件の資料が一致した」とは書けない状態であることを明記しておきます。

色・形・素材が同時に変わった

明治34年の変更は、色だけの話ではありませんでした。

明治5年〜 明治34年〜
素材 杉板(かどに鉄板) 鉄製
四角い柱 円筒
記述された狙い 火事に強い/位置が分かる/通行の邪魔にならない

世代がまるごと入れ替わっています。 「赤くしたかったから赤くした」のではなく、 新しい世代のポストが赤かった、という順序です。

なお、角を丸くした理由は「通行の邪魔にならないように」と明記されていて、 こちらは色の理由とは別に書かれています。同じ改良でも、理由が書かれているものと 書かれていないものがあることが分かります。

何が確認できて、何ができていないか

主張 状態
赤くしたのは位置を分かりやすくするため 郵政博物館のみが公表(1件)
最初のポストは木製だった 郵政博物館が公表
明治34年に赤色・丸形・鉄製のポストが始まった 郵政博物館・日本郵便が公表
明治5年から黒いポストが使われた 郵政博物館が公表
明治41年に鉄製赤色が正式に制定された 郵政博物館が公表
黒は夜や雨で見えにくかった 確認できず
イギリスのポストに合わせた 確認できず
赤という色が選ばれた理由 確認できず

いちばん知りたいところが、いちばん資料に書かれていません。 「調べたが分からなかった」を、分かったふりで埋めないことが、 このサイトの役目だと考えています。

根拠・出典

URLの実在と、引用が本文に実在するかを機械的に検証しています。

Tier 4 業界団体・専門機関 検証済み

郵便ポストの移り変わり 〜日本最初のポストから現在のポストまで〜

郵政博物館 / 確認日 2026年8月8日

この時、ポストを「赤色」に塗ったのはポストの位置をわかりやすくするためでした
Tier 4 業界団体・専門機関 検証済み

郵便ポストの移り変わり 〜日本最初のポストから現在のポストまで〜

郵政博物館 / 確認日 2026年8月8日

杉板を四角い柱のように組み合わせ、かどに鉄板を張って黒いペンキを塗った「黒塗柱箱」
Tier 4 業界団体・専門機関 検証済み

郵便ポストの移り変わり 〜日本最初のポストから現在のポストまで〜

郵政博物館 / 確認日 2026年8月8日

明治41(1908)年10月に正式に鉄製赤色のポストが制定されました
Tier 2 企業・メーカー公式 検証済み

平成13年特殊切手「切手趣味週間にちなむ郵便切手 〜赤い丸形ポスト誕生100周年〜」

日本郵便 / 確認日 2026年8月8日

これらが、赤色・丸形・鉄製の郵便ポストの始まりです
Tier 2 企業・メーカー公式 検証済み

平成13年特殊切手「切手趣味週間にちなむ郵便切手 〜赤い丸形ポスト誕生100周年〜」

日本郵便 / 確認日 2026年8月8日

鋳鉄製赤色円筒形のポストは、明治41(1908)年、正式に公達の中でその雛形が定められました

この記事は一般的な仕組みを解説したものです。個別の判断については専門家にご相談ください。

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